幽霊?
実家の浴室で、モンキーレンチを片手に蛇口と格闘していました。
押してみたり引っ張ってみたり、あちこちのナットを締めたり緩めたり…
僕が何をしたかったのかは分かりません。
修理したかったのか新しいものに交換したかったのか、あるいはただ壊してしまいたかったのか。
ともかくそれは一向にうまくいかず、ひどく苛立っていました。
ふと蛇口の脇の目立たないところに一つ、レンチで外せそうな金属の部品があるのを見つけました。
これを外したら何か良くないことが起こりそうな予感がしましたが、他にどうしようもなさそうです。
意を決し部品を外すと、案の定汚れた水が噴き出してきました。
それは勢いも量もかなりのもので、一瞬で浴槽を溢れさせて尚止まる気配がありません。
どうすることもできず、汚水にまみれながらしばしぼんやりしていました。
ようやく水の勢いが少し衰えてきた頃、大きな黒いものが飛び出してきました。
髪の毛の塊でした。
いや、長い髪の毛がびっしりと付いたままの頭皮、といったほうがいいかも知れません。
普段なら認識した瞬間に悲鳴を上げて逃げ出していてもおかしくないような、それはおぞましいものでした。
ただこの時はもともと予感があり覚悟ができていましたから、思いの外僕は冷静でした。
「やっぱりか」
といった心持ちだったように思います。
ふと背後に気配を感じ振り返ると、いつのまにかそこに赤ん坊を抱いた女が立っていました。
さすがにぞくりとして固まりました。
女は動きません。
少し、冷静になって観察します。
頭からつま先までずぶ濡れなことを除けば、どこにでもいるようなややくたびれた中年の女。
恨めしそうな顔をしているわけでも、悲しげな顔をしているわけでもありません。
無表情ですらありません。
抱いている赤ん坊にも特に変わったところはありません。
ぼんやりした恐怖はすぐに苛立ちに変わり、やがて怒りに変わりました。
もう耐えられません。
女に構わず浴室を出ると、居間でくつろいでいた母親を怒鳴りつけました。
はっきりとは覚えていませんが、
「どうしてあんなものがいることを黙っていたんだ」
やら
「そもそもどうしてあんなものを置いておくんだ」
やらそんなようなことを喚いたと思います。
母親が必死に何事か弁解しますが、家族に裏切られた怒りと悲しみで平静を欠いている僕には何も聞こえていませんでした。
階段を駆け上がり、2階の自室に飛び込むと叩きつけるようにドアを閉めました。
一階から慌ただしい足音が聞こえます。
叫び声も聞こえます。
ブラインドを開けて外を覗いてみると、僕の部屋の真下にある居間が燃えているのが見えました。
真下の部屋の様子が窓から見えるというのもおかしな話ですが、どういうわけかこの時ははっきりと見えたのです。
きっとあの女がやったのでしょう。
不思議な達成感があり、僕は晴れやかな気持ちで
「さあ、どうしようか」
と考えたのでした。
という夢を見ました。
あるべき状況説明や心理描写が抜け落ちていたり、思考が壊れていたり視点が不安定だったりするのは夢オチだからです。
夢の中とはいえ、年明け早々得体の知れないものを解き放ってしまいました。
何事も起こりませんように…